白い鳩の歩くまま思うまま

足で稼いだ情報から、面白いデータの世界が見えてくる

麻布と池袋(東京「山の手」の地域比較)

東京タワーの見えるまち

東京の「山の手」と一口に言っても、その内実は様々だ。

台地を刻む複数の河川とともに、高低差が生み出す変化に富んだ街並みは、土地土地固有の開発の歴史を読み込んで、それぞれに特徴ある地域社会を形成した。武家屋敷時代の区画を生かし、眺望を得る高台に配置されたお屋敷町。武蔵野の雑木と畠を切り開いた沿線開発に伴い誕生した郊外の田園住宅地。地域の歴史はその景観に、今もその地域独特の影響を与えているのか。

「住まう」ことをひとつの観点として、あるふたつの「まち」を事例に、その「違い」を定義してみよう。ある献立を構成する食材の価格分布から見た、東京「山の手」の地域比較

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はじめに

 きっかけは環境の変化だった。

 約2年間を過ごした東京西北の一大繁華街・池袋の家を引払い、麻布十番に程近い丘の上に引越した。前から一度住んでみたいと思っていたマンションシリーズの物件に、ちょうど予算に見合う、間取りも設備も申し分ないお部屋の募集が出たのであって、それが偶然麻布十番の近くだった。まさか港区に住む日が来ようとは。東京下町出身の私にはちと荷が重い選択だったかもしれないが、人生は経験を重ねてこそ、これも何かのご縁。池袋から山手線をぐるりと巡ったちょうどその反対側、ほとんど降りたこともなかった田町駅から、リーマンと学生で賑やかな三田の繁華街を抜けたその先、ぐっとせりあがる坂道の両側に連なる、樹木と塀に囲まれた閑静な屋敷街。山の手の風格、大名屋敷の区割りを今に継承した「東京でも有数の格調高い都市景観」*1、三田綱町の高台の尾根道を西へ下る日向坂、坂下の二の橋を渡れば麻布十番の商店街も目の前だ。

三田綱町の都市景観

 東京23区を便宜上「山の手」と「下町」の2つに分けて考えるとき、麻布・三田界隈も、池袋も、一般的に「山の手」に分類される。しかし同じ「山の手」と言ってもその雰囲気はずいぶん異なるのだ。

 武蔵野台地の少し奥まったところに位置する池袋には大した坂もなく、ゆるやかな傾斜路がそれとなく土地の高低を知らせてくれた。また近くにめぼしい河川も湖沼の類もなくて、北に歩いて石神井川、南に下って神田川、どちらも少々歩く必要があった。対して麻布・三田の界隈はとにかく坂が多く、小さな坂にもちゃんと名前がついている。坂下の低地は町工場や小住宅が密集する市街、坂の上の日当たりのよい高台は大使館をはじめとする各種官公庁施設、大学や高等学校といった教育施設、それに低層マンションが並ぶ住宅街。高低差に伴う土地利用のすみわけも見事ながら、坂の上下で区切られるまちは、さらに谷底を流れる川によっても境界付けられる。新宿御苑を水源とする渋谷川がここでは古川と名を変えて、西に麻布、東に三田と、まちを東西に分けている。古川の西側には元麻布から広尾方面に続く丘、東側には前述した三田綱町の丘と、聖坂から登って高輪へと続く丘。眺望のきく高台に集まる公園はかつて個人の所有であったものが多く、古い社寺群の樹木とあわせて、遠くから見るとこんもり繁った森のよう。高台の住宅地はそこに生い茂る緑によってさらに特徴づけられる。このように周辺が格式高いせいか、麻布十番、三田いずれも低地に広がる商店街はどことなく品の良い模様。

 それにここは海も近い。古川伝いに浜松町から竹芝の桟橋、あるいは三田に降りて札の辻から芝浦に出てもよい。芝浦運河の船舶群と長大な倉庫街、それらを見下ろすタワーマンション群も、私の住む丘の上からわずか数十分の距離である。川も森も海もすべては徒歩圏内にあるなんて、なんと恵まれた土地だろうか。

芝浦運河と船舶群

 まちの土台を形作る地勢的特徴の違いが都市景観に変化をもたらしている。池袋では前述のとおり目立った坂も川もないから、土地の高低や水面で地域が分かれるということもなく、面的に広がった市街に色々な要素が混在して少しずつ変化していた。池袋西口の歓楽街から少し入ったところにあったかつての住まいは、最寄りのスーパーの目と鼻の先に、しれっとラブホテルが鎮座して、しかも1軒ではなく、こちらに1軒あちらに2軒といった具合、ラブホテルが民家やアパートと混じりあって何の違和感もない。同じく池袋西口に蝟集する本場中華料理がここまで進出して、その関係か中国系住民が経営する業務用の生鮮野菜スーパーが点々と、アパートや住宅の合間に顔をのぞかせる。付近のスーパーより若干安いが大差はない。あとは公園と言っても申し訳程度の児童遊園がぽつりぽつりとあるばかり、そんなところだから住宅街も高級と言えるような場所はほとんどなくて、立教大学の裏手、目白方面の高級住宅街に続く一部地域を別とすれば、区画整理も充分になされていない矮小な小道の両側に並ぶ事務所に小住宅に賃貸アパート、大通り沿いに少しボリュームの大きい高層マンションで構成された雑然としたまちなみ。

池袋の歓楽街

 劇場通りには日も暮れるころから付近のガールズバーの客引きが立ち並んで、プラカード片手に通りすがりの男性に一杯いかがと誘いかける。早朝には夜通し勤務して酒の回った彼女らが、同じく夜職らしい男たちと連れ立っての朝帰り。西口の歓楽街を構成するのは思いのほか規模の小さい雑居ビルで、やたら真っすぐに整形された幅の広い道路の両脇には少々アンバランス。資本が小さいのだろうか?入居するテナントもリーズナブルな居酒屋、スナック、バーが多かった印象。山手線のターミナル駅にして妙に田舎くさい。東京郊外の庶民的ベットタウン板橋や埼玉から人を集めるためか、そこに闊歩する人性からしてかなり下町寄りな雰囲気。わちゃわちゃと賑やかな昼間のデパートとギラギラしい夜の歓楽を併せ持つ垢抜けないまちだ。

 まちには外から来るものと内にいて住まうものがいる。一般的に来街者を多く集めるまちほど外からの視点で語られやすいように思える。東京の南北の、ちょうど対角線上に位置する2つの「山の手」、麻布・三田および池袋もこの例外ではないが、今回私は両地域に「住まう」という経験を持った。ならば、「住まう」という内側の視点から両地域の比較を、前に述べたように主観的、定性的ではなく、客観的、定量的に表現したら面白いのではないだろうか?そこから東京「山の手」の世界の奥深さというものを考えて見たい。

 

調査テーマの設定

 さて、どのようにしてふたつのまちを比較しようか。「住まう」ことに着目するのであれば、普段生活するうえで何かと意識にあがることの多い「物価」を比較軸にししたらわかりやすそうだ。つまり、「普段の生活圏から見た物価の違い」からふたつのまちの差異を表現してみようというわけ。題して「まち歩き物価調査」。では対象商材は何にしよう?購入頻度が高いものの方がより日常を反映しているかもしれない。そこで、スーパー等で販売されている食材の価格を比較しようと考えた。ただ食材と言っても多種多様であるから、個人的によく作る献立に使用する食材に厳選して採集することにした。また、生鮮食品のみを対象とし、調味料や大半の加工品は除外した。これの理由は、その食材を購入する層がレジャー等で遠方から来た顧客ではなく、立地店舗附近の住民ないし飲食店舗であってほしかったからである。

左:ホテルラフォーレ 右:赤い馬が印象的なマンション どちらも池袋の風景

 「スーパー」は基本的に近隣住民が利用するものだと思う。繁華街に近い店舗であれば付近の飲食店がちょっとした食材の仕入れに通うこともある。いずれにせよ付近の住民や店舗によって支えられているローカルな存在として、その商圏のニーズや懐具合を反映した販売価格になっていると考えたい。そうでなければ調査の前提が崩れてしまう。ただ駅ナカ店舗やある程度大きな商業施設内にある店舗、幹線道路沿いなど交通の便が良い場所に立地し広大な駐車場を有するような店舗では、レジャーあるいは仕事関係ついでに立ち寄った遠方からの顧客も一定数いるだろうと想像できる。「スーパー」をあくまでローカルなものとして定義するためには、このように外部からの来街者の影響を極力取り除く必要がある。そこで目をつけたのが生鮮食品だ。にんじんや玉ねぎといった野菜はごくごくありふれた食材だからどこでも買うことができるし、特別にブランドにこだわらない限り、どこで買っても異ならないだろう。さらに鶏肉や鮮魚といった類は鮮度の問題もあるから遠方ではなく近所で購入するのではないだろうか。ゆえに、スーパーの生鮮食品の価格はローカルな地域の経済状況を反映しているとみなすことにした。

 なお、採集店舗では「まいばすけっと」および「コンビニ」各社を除いてある。これは最初に調査した池袋の対象店舗数が多く、引越し前後の限られた時間に採集するためには件数を絞り込む必要があって、やむなくこの2つを除外したからである。麻布でも条件をそろえたいと思い、最終的に対象外となった。

 

調査対象食材

 途中で一部商品を除外したり、定義を変更したりしたが、最終的には以下の7商品に落ち着いた。また採集店舗は対象食材の6割以上が観察できた店舗に限ることにして、それ以下の店舗は調査対象から外している。この除外条件に該当したのは池袋の成城石井サンシャイン店と、麻布のきりもや十番の2店舗のみである。

しいたけ

生しいたけである。「どんこ」も採集している。干しシイタケは対象外

ピーマン

緑のピーマン。赤や黄色のピーマンは対象外

にんじん

一般的なにんじん

玉ねぎ

普通の玉ねぎと、新玉ねぎを採集している。紫玉ねぎは対象外

小松菜

小松菜と江戸菜が対象

鶏もも肉

国産のみ。ブラジル産はやタイ産は対象外

銀鮭、時鮭、秋鮭、紅鮭が対象。サーモンや鱒は対象外。状態は生か塩加工されたもの。味付け加工(例えば西京漬け等)されたものは対象外

 

調査対象エリア

池袋

某有名建築家が設計した池袋のとあるデザイナーズマンション

 池袋は、JRは山手線、埼京線湘南新宿ライン、私鉄は西武線東武線、地下鉄は丸の内線、有楽町線副都心線等、複数路線が乗り入れるターミナル駅であり、駅前を中心に山の手三大副都心を形成する巨大商業地があるから、一見「住」のイメージは薄いかもしれない。しかしその実、池袋駅東口の東池袋と南池袋方面、西口の西池袋、池袋方面、いずれも駅から少し歩けば、まがりくねった狭い街路の両側にアパートやらマンションやら一戸建てやらが高密で建ち並ぶ、都心部にあるごくごく普通の住宅街になってしまう。池袋住民は案外多いのだ。必然的に、彼ら彼女らが普段使いするスーパーも当たり前にように存在している。どちらかと言えば山手線の外側に位置する西口方面の方が、豊島区、板橋区にまたがる分厚い住宅地域を控えて、加えて西口の繁華街に飲食店舗が集中しているせいか、東口側と比較してスーパーの立地件数が多い。

 私が住んでいたのは西口方面だったので、普段使いのお店は大体この方面にあった。なのでこちらを手厚く、採集回数も密度も高く調査した、この方面は区界も近かったので、エリアとしては豊島区と板橋区にまたがっている。東口側は週末少し足を延ばして見に行くこともあった数軒のスーパーを調査対象としている。なお、隣町の大塚や目白の店舗は広範囲になりすぎるため含めなかった。

麻布(および三田)

左:麻布台付近にあるユニークなマンション 右:有栖川公園

 麻布十番、東麻布、西麻布、南麻布、元麻布、麻布台等々。。。「麻布」と付くエリアは複数あるし何より広い。さらにエリアによって沿線も異なるから、池袋のように一つの主要駅を軸としてその周辺一帯を対象にするというより、各沿線上に点在する駅と商店街をいくつ包括するのかでエリアを定義することになる。今回「麻布」エリアとして定義したのは、麻布十番、東麻布、三田の全域、そして南麻布と高輪の一部である。なんだ麻布以外のまちもずいぶん含まれているじゃないかというご指摘ごもっとも。最寄り駅は確かに麻布十番なんだけど、現住所に「麻布」はつかなくて、しかも「麻布」とつくエリアがすべて生活圏に収まるわけでもない。あくまで調査のテーマは「普段の生活圏から見た物価の違い」。私の日常生活を地図に落とすと上記のようになるからこのように定義したのであって、ひとによっては「麻布」と聞いて元麻布や西麻布を連想するかもしれなくても、それらのまちは私の生活圏外にあるから対象外なのである。つまり今回定義した「麻布」エリアは、主に麻布十番と東麻布と三田であり、一般的な「麻布」ではないということに注意されたい。

 

分析(というよりその手前のあれこれ)

①まずはデータをきれいにしよう

 定義通りきちんと採集しているつもりだったが、それでも調査を継続していく中で予期せぬアクシデントや例外事例は発生するものである。例えば、ある店舗のある日の採集で目の前にあったのにうっかり記録し損ねたり(やばいしいたけ取り忘れた!)、該当商品が売り切れていて、金額のラベルはあるけれど現物はないから販売個数がわからなかったり、ある店舗だけ税込金額でしか表示がなかったり、途中からの定義変更で対象外になる食材が発生したり等々。その結果、以下のように不純なデータが混在してしまったのでそれを適切に処理する必要があった。

  • 個数データが欠損しているレコード
  • 対象外食材のレコード
  • 税抜金額のなかに一部税込金額がある!

 対象外食材に関しては、当初いくつかの缶詰も対象にしようと思っていたが結局使わなかったのと、まちがってサーモンを採集したレコードがあったのでこれらを集計対象から除外した。個数データが欠損しているレコードについては集計の際に気づいたので、各シートで個別にフィルタリングした。

 また、大半の店舗が税抜金額表示だったため金額の定義も税抜きとしていたが、麻布のある一店舗だけ税込金額のみの表記となっており、採集した金額も税込金額になってしまった。そこで、この店舗のレコードはすべて税抜き金額に変換する処理を加えた。

②基準となるグラムと金額を定義しよう

 これが地味にいちばんたいへんだった。鶏もも肉以外はグラム単位の金額ではなく、あるサイズのある個数単位で販売されているのがスタンダードであり、単純に採集した金額どうしで比較できなかった。一番ややこしかったのは鮭で、100g単位の金額と、切数単位の金額がほぼ半分ずつで観察された。そのため、よく見かけるサイズ別にグラムを設定して、目視でどのサイズに該当するのかをざっくり判断し、それをセット個数で割ってサイズ別のグラム当たり金額を算出してから、食材別に設定した基準グラム当たり金額に換算して求めた。

③採集時期の物価上昇は価格に影響しているのか?

 いよいよ前処理が終わって、地区別、食材別に箱ひげ図を描いて、確かにいくつかの食材では価格に差がありそうだなあとぼんやり考えていたのであるが、そういえば麻布と池袋では採集時期が約1か月ずれているから、この間に物価そのものが変動した可能性があるぞと気づいた。つまりここまで頑張って可視化した価格の差が、単純に両地区の物価の差なのか、それとも採集時期のずれによる物価上昇の影響なのか判別しないといけないというわけ。そのためには東京都区部における一般的な各食材の「価格」を該当期間ぶんもってきて、その推移を確認すればよい。ここでオープンデータにご登場いただこう。色々調べてみて使えそうだったのは以下の2つ。

  1. 東京都中央卸売市場の「市場統計情報(月報)」
  2. 総務省統計局の「小売物価統計調査(動向編)」

 2の方は東京都区部における毎月の販売価格を記録しているから、こちらの方が今回の調査として親和性が高いが、残念なことに小松菜が調査対象外となっている。一方1は市場価格つまり卸値?を記録しているらしいから当然販売価格とは乖離が発生しているし、閲覧当時は3月のデータがまだ公表されていなかったが、今回調査した全食材が集計対象になっている。そこでめんどくさいから両方の価格推移を確認してみることにした。実数と差分をパラメータで切り替え表示できるように工夫。限られたダッシュボード空間の有効活用である。いまさらながら小松菜ではなくほうれん草を調査すべきだったのかなと小さく反省する。

④価格差の背景にあるものは何だろう?

 食材にはブランド銘柄が存在する。鶏肉を例にとると、一般的な銘柄は国産若鶏のもも肉で100gおよそ110円~130円当たり。ところがこれが天草、比内、阿波、水郷等各産地のブランド鶏になると、100g当たり200円~400円くらいに跳ね上がる。また、一袋100円~150円クラスの小松菜の産地には関東圏が多いが、京小松菜になると一袋200円を超えらしいとわかった。麻布においても池袋においても、ブランド銘柄が一般的な銘柄より高額なのは同様で、それが価格の分布の上位を構成していることに変わりはなかった。

 ブランド銘柄と並んで価格を引き上げているのは、オーガニック系食材である。採集数にばらつきがあるのは仕方ないが、いずれの地区においてもオーガニック系食材はそうでない食材よりも平均価格が高い傾向にあった。しかも麻布にはオーガニック系食材専門のスーパーが2軒もあるから、とうぜん採集数も池袋と比較して多く、平均価格を押し上げていた。麻布のオーガニックスーパーのうち1ブランドは池袋にも同店舗が立地していたが、こちらは街なかではなく百貨店内という立地であることが注目された。

広尾稲荷神社の狛犬。まちの雰囲気さながら品が良い

 そう、立地も大事なのではないか。麻布の店舗はすべて街なかに立地していたが、池袋では百貨店内に立地する店舗が複数含まれている。所謂デパ地下の食材売り場だ。池袋は前述のとおりターミナル駅の周辺に広がる繁華街で、都内では板橋区練馬区あたり、もっと大きいボリュームは埼玉県から、つまり沿線地域から連日大量の集客がある。「池袋は埼玉の植民地」とはよく言ったものであるが、百貨店の食材というのは池袋周辺住民向けというより、レジャーや仕事で訪れた沿線住民の懐を狙って、その辺のスーパーでは売っていないブランドもののの銘柄鶏や生鮮野菜を取り扱い、価格を若干釣り上げていると言えるのかもしれない。実際、池袋でブランド食材を扱っているのはほとんど百貨店内の店舗に限られ、街なかの店舗で見かけることはまれであった。一方麻布では街なかのスーパーが平然とブランド食品を陳列しているのだからえらい違いだ。池袋にきてわざわざにんじんや小松菜をメインで買うとは考えづらいけれど、何かのついでにセット購入することくらいあるのかもしれない。だから百貨店内の店舗をすべて除外して比較したら、より麻布との価格差が開くのではないかと考えた。つまりここで言いたいのは、純粋に街なかの店舗だけで比較したほうが、来街者の経済力という要因を除外できて、その地域の住民ないし商業の物価の実情をよりよく反映できるのではないかということである。

 もちろん麻布と言えども都心の観光地でありオフィス街でもあって、来街者向けにセールスしている側面大いにあるだろうが、どちらかというとお惣菜やデザートなどの加工食品がそれに対応している気がしなくもない。成城石井麻布十番店のお惣菜売り場など、定時過ぎ18時前後からどっと周辺オフィスに勤務するサラリーマンやOLが押し寄せて、値引きシールが張られた商品をぽんぽん買い物かごに放り込む大混雑だ。近所のダイエーのお惣菜売り場でも似たような光景が展開されている。

 この辺りは微妙な問題で、結論を出すためには、例えば平日休日の区別をつけたりとか、来街者の属性を分解したりとか、色々考えなければならないことがあるから、ささやかな気づきとしてここに述べるにとどめておく。

 

調査を終えて

プチ・エタン

 普段買い物をしていて、なんとなくこの店高いなとか、お手頃だなと感じていたイメージを、客観的に裏付けることが出来た。まずはそれが大きな成果である。まちを歩いて店内をめぐって、一つ一つサイズと個数と産地を確かめながら手元にメモに走り書きしていく作業の繰り返しは時間と体力を要したけれども、同時に世界に一つだけ?のデータをこの手で生み出しているんだという実感にわくわくしていた。すべての採集を終えて、データをエクセルに整理し、少々加工してTableauに読み込ませた瞬間の達成感はひとしお。既にそこに用意されているデータ、例えばオープンデータの類を分析する際には決して味わえない感覚だ。そこからふたつのまち・地域の差異が浮かび上がってくる。麻布と池袋。たしかに物価は前者がより後者より上回っているらしいと言えそうだ。それはまちに住まうものたちの属性の違いを少なからず反映しているのかもしれない。

 今回のまち歩き物価調査はかなりゆるい調査である。本来ならば、2つの地域を比較するという目的を鑑みて、しかるべき統計的手法に則った野外調査を「計画的に」実施すべきだろう。一応私の本業的にも。今回はとにかく引越しで時間がなかったけれど、このタイミングを逃してはなかなかできない内容でもあり、どうしても実施したかった。あれこれ理屈をこねている時間なんてない、とりあえず街に出てデータを取っておこう!という勢いだけで実行しちゃった。だからこの調査は、データサイエンスのお作法に倣ったものでないばかりか、統計的に検証できる代物ですらない。ご批評はお手柔らかに願いたい。あくまで私が興味の赴くままに、即興で集めたデータを可視化して得た結果に基づく、粗削りな解釈をここに披露したのである。

 

*1:陣内秀則(1985=1992)『東京の空間人類学』筑摩書房よりpp57-60参照