白い鳩の歩くまま思うまま

足で稼いだ情報から、面白いデータの世界が見えてくる

The World of Tokyo Vintage Apartment

川と海と空をわがものに(秀和新川レジデンス)

 青い屋根、凹凸のある白い外壁、独特にカーブした黒い鉄柵(アイアン)があるバルコニー、都内各地で見かける、一風変わった洒落たマンション。その名を秀和レジデンスという。第一号が青山に誕生したのが1964年。それから約30年間にわたり全国各地に建設された*1。ブランドイメージを保ちつつ、その土地固有の歴史や景観に配慮した多彩なデザインは、築50年を経た現在でも人を惹きつけてやまず、根強いファンに支えられ、その資産価値を落としてはいない。

▼Vizはこちらから

https://public.tableau.com/app/profile/haruna.matsumoto/viz/WorldofTokyoVintageApartment/Page1OverView

「ヴィンテージアパートメント」の世界

 大学院の専攻が都市デザインであったから、建築方面には身近な領域にいて、このレジデンスの存在もなんとなく知っていた。きっかけはずいぶんと身近なところ―岩崎邸の緑を望む、湯島の閑静な住宅街の中に秀和があった。本郷の丘の上から池之端を経由して上野御徒町の繁華街に下る道がいくつかあり、そのうち一つがこのレジデンスのそばを通る小径だった。この道を抜けるたび、ずいぶん変わったデザインの、古い感じはするけれど独特な雰囲気のあるおしゃれなマンションだなぁと仰ぎ見ていたが、その後も都内各地をぶらぶらお散歩する中で同じようなデザインのマンションを何軒も見つけ、あ、ここにもあった!という発見の連続。しかも物件によって壁の凹凸なり玄関のタイルなり微妙に細部のデザインが異なっているから、なんとなしに印象に残っていた。まさかここまでファンが多く、マニアサイトやマニア本まで作られる存在だとは露知らず。好きな人はとことん好きなもの。良いものはいつの時代も人を惹きつけてやまないのだ。

秀和湯島レジデンス

 秀和レジデンスは一般的に「ヴィンテージアパートメント(あるいはヴィンテージマンション)」と呼ばれることが多い。「ヴィンテージアパートメント」とは何か?リクルート(2011-12)はずばり以下3点によって定義する。

  1. 築15年以上経過
  2. 専有面積100㎡以上の住戸が1戸以上存在
  3. 中古流通事例の坪単価が400万円以上

 ここからは、築年数が経過してもなお高価格帯を維持する高級マンションという印象を受けるが、それだけでよいのだろうか?秀和レジデンスを特徴づけるのは何よりもそのデザイン性であるが、上記はこれに言及がない。また、秀和は築50年超の物件が多く坪単価も過半が400万を切っていること、間取りも都会暮らしの少人数向け住戸が多いから、上記②③に当てはまらない物件も多い。別の意見を聞いてみよう。『ビンテージマンションで楽しむスタイルのある暮らし』では、「気付きに溢れた建築」という言葉にそのすべてを集約する。

高いデザイン性、住民同士のふれ合い、マンション内に溢れんばかりの緑、屋上に広がる抜けた空。ゴミゴミしている大都会では埋もれてしまいがちなことが、ビンテージマンションにはしっかりと受け継がれている。

★株式会社エクスナレッジ『ビンテージマンションで楽しむスタイルのある暮らし』巻末より

 かなり抽象的ではあるが、「ヴィンテージアパートメント」が持つ特徴をよく伝えていると思う。住民の質が高く、エントランス、庭園、廊下など余裕をもって建設された共有部をもち、各ブランドにはデザインコンセプトが存在する。そこで今回は、明確なブランドイメージを基にデザインされ、良好な管理体制をもち、築年数が経過してもその資産価値を保ち続ける物件であると定義することにしたい。

左:広尾ガーデンヒルズ 右:シャンボール松濤

 都内に星の数ほどあるヴィンテージアパートメントの中から、あえて秀和レジデンスを今回のターゲットに選んだのは、私自身が運よく住民になったから、それだけが理由ではない。なによりも上記マニアサイトが存在したことが大きい。ヴィンテージアパートメント多しとはいえ、その物件一覧データがWebサイトおよび書籍にまとめられ、容易にアクセスできるブランドは意外と少ない。例えば、西洋風の古城を思わせるデザインから秀和と並んでよく名前が上がることの多い、株式会社大蔵屋が手掛けたシャンボールシリーズは、秀和と同時期に首都圏を中心に全国展開したブランドながら、まとめサイトの類がなく、物件についての書籍も管見の限り見つけ出せなかったから、各物件の詳細はもとより、全国にいったいいくつ建設され、そのうちいくつ現存するのかといった全体像が見えず、したがってリストを作ることが出来なかった。

 さらに秀和を選んだ理由は他に3つある。現存する物件数が多いこと、数にばらつきはあるとはいえ東京23区のほぼ全域に存在すること、不動産マーケットにもわりかし頻繁に登場して、分譲賃貸のマーケットデータが充実していることである。ビラやコープ、ホーマット、パークマンション等の名だたるビンテージアパートメントは一般的に供給戸数が少なく、分譲賃貸いずれの市場にもほとんど姿を見せない。しかも立地が所謂お屋敷町のある千代田区、港区、渋谷区、新宿区、それに品川区と目黒区の一部にほぼ限定されており、その分布をみて地域ごとに特色あるつくりになっているのかといった分析がかけられない。つまり秀和レジデンスシリーズは、ヴィンテージアパートメントの中でもいちばんデータの取得が容易であって、かつサンプル数も多く、幅広くいろんな区に存在しているがために、今回の調査にまさにうってつけだったというわけである。

 

データセットについて

Shuwa_Master

 秀和レジデンスのマスターテーブルである。秀和レジデンスは、北は北海道から南は福岡まで全国に広く分布しているが、今回対象とするのは東京23区内に立地する物件のみである。所在地(住所と緯度経度情報)、築年、総住戸数、階数、構造等、物件の基本データを収録している。基本的には「秀和レジデンスマニア」公式HPおよび谷島香奈子・haco著(2022)『秀和レジデンス図鑑』に準拠しているが、そこに記載がない、あるいは欠損している項目に関しては、各物件を取扱う不動産業企業のHPから個別に補った。マニアサイトと、不動産企業HPの記載内容に相違がある場合は、マニアサイトの情報を正とした。他に、「用地地域」、「建蔽率BCR)」、「容積率(FAR)」等の都市計画情報については、各区の用途地域図から取得した。

 なお「Shuwaコード」はテーブル結合の都合上作成したカラムであり、特にそれ以外の用途と意図があるわけではない。また「Area(敷地面積)」は、GoogleEarthで建物外壁に沿って線を引き、その内側の面積を算出した推定値である。「Nearest Station」はマニアサイトに掲載がある近隣駅のうち最も物件からの所要時間が近い駅であり、候補が複数ある場合はJR線→私鉄→地下鉄の順で一つに絞り込んだ。

Sales

 秀和レジデンスのマーケットデータである。分譲賃貸の別で、掲載開始年月、掲載終了年月、専有面積、階数、価格等を収録している。出典はHomesの公式HPに「売買掲載履歴」および「賃貸掲載履歴情報」という、過去10数年にHPに掲載された物件の情報があめそれを引用した。ただし、ここに掲載されているのはあくまでも該当期間に掲載された実績のある物件のみであり、募集はあったがHomesに掲載されなかったとか、不動産業者専用サイトにしか公開されなかった物件(一般非公開物件)の類は考慮できていない。身近なところでは、私が今回の引越しで最終的に決めた物件も一般非公開物件であり、HomesおろかSUUMOにも掲載されていなかったという例がある。このようにすべての売買・賃貸データをカバーできてないことに留意されたい。また、明らかにおかしい以下3レコードは事前に除外しておいた。

  • 専有面積19㎡で2LDKの物件 ※2LDKにするには狭すぎる!
  • 40㎡で家賃105万円の物件 ※10.5万円の間違いでは?
  • 7㎡で家賃4.8万円の物件 ※いくらなんでも狭すぎるし安すぎる…

 また、物件の間取り、平均専有面積、価格等は、あくまで該当期間に売買あるいは賃貸に出された住戸のそれであって、物件全体の正確な情報の反映ではなくその近似値にすぎないことに注意されたい。また秀和レジデンスは比較的古いマンションなので、世帯構成によるが現代の生活には使いずらい間取り(例えば2DKとか)をリノベーションで変更した可能性があるから、間取りの情報は竣工時とは異なる場合があることも指摘しておく。

その他

今回は国土交通省提供の「国土数値情報ダウンロードサイト」から、オープンデータをいくつか利用した。まずは東京23区の市区町村ポリゴンデータ。次に用途地域のポリゴンデータ、最後に鉄道駅のポリゴンデータである。背景マップはいつもの通りMapBoxで作成した。

 

いくつかの気づき

①秀和密度が最も高いのは3A

東京23区別の立地軒数と最寄り駅別軒数。円は最寄り駅を表す。大きいほど軒数が多い

 不動産業界には面白い言葉あって、3Aというのもそのひとつ。東京23区で最も裕福な区とされる港区の中でも、トップクラスの高級住宅地である3つの地区、麻布、赤坂、青山を指す言葉らしい。「盤石の支持を集める都心ヴィンテージの中心地」*2。まさにトップ・オブ・トップのメンツというわけだが、実際のところ、麻布には広尾地区、赤坂には六本木地区、青山には外苑前地区と、それぞれ隣接する雰囲気の似たまちとあわせて定義されることが多いようである*3。3Aは高級マンション、ヴィンテージアパートメントの宝庫と言ってよく、ドムス南麻布、コープオリンピア(原宿)、広尾ガーデンヒルズ、シャトー東洋南青山、パレス青山、スカイプラザ赤坂等、名だたるブランドが存在する。

 週末に近所だからと、しばしば買い物ついでに足を延ばして元麻布、南麻布の丘の上をお散歩するが、まち全体に風格というかある種の雰囲気がついていて、有名どころのブランドならいざ知らず、何気ない道端のマンションや一戸建てすら、知らないだけで実はすごいヴィンテージアパートメントなんじゃないかと思えてくるのが恐ろしい。実際、散歩中気になった物件を記録しておいて、うちに帰って検索してみると、それなりの価格クラスの高級物件が高確率で紛れ込んでいる。恐るべき麻布マジック。

左:手前の瀟洒な戸建てはハイリッヂ元麻布。遠景には元麻布ヒルズが頭をのぞかせている
右:麻布グリーンハウス。わずか5戸のみで、いずれも専有面積100㎡を超える

 秀和自体はマンション大衆化の時代である第2次マンションブーム以降に建設され、一部物件を除き専有面積100㎡以上という大型住戸も少なく、住民専用プライベートプールとかバーラウンジとか、贅をこらしたエントランスラウンジとか、常駐のコンシェルジュサービス等も付帯していないから、所謂高級マンションではない*4のだが、その立地に高級住宅地を選んでいるのが面白い。最寄り駅でみると、最も集中しているが麻布十番の6軒で、続いて外苑前、表参道、渋谷の各4軒、そして溜池山王の3軒。見事に3Aを網羅しているわけだが、建設も当初は港区、渋谷区、目黒区を中心に、その後江東方面にも展開していったのであって、秀和が注力したのが「山の手」地区であったことをここに伺える。

 ただこの図を見ると、江東区東陽町に4軒、清澄白河に3軒の秀和が立地して、何気に集中地帯を形成していることに気づかれよう。「山の手」を中心に展開しつつ、こうして「下町」でも何気に存在感をアピールしているが秀和の面白さだ。この「山の手」と「下町」という地域差が、立地する物件にどのような特徴を与えているのかについては後の章で考察したい。

②2018年を境にマーケットに出回る物件数が急増

横軸が掲載開始年月、縦軸が販売住戸数(エリアチャート)および平均販売価格(折れ線)。
濃い紫が築50年以上の物件数を示す

 分譲に限り、上記のような傾向が確認できる。物件数急増のピークは2回あって、一つが前述の2018年頃、もうひとつが2021年頃である。秀和レジデンスは60年代末から70年代初頭にその大半が建設されたので、ちょうどこの時期に築50年を迎える物件が多い。分譲マンションにおける住宅の高齢化は即ち住民の高齢化である。初期に入居した住民が高齢による転居ないし死亡により、相続されなかった物件が売りに出されるケースが想定される。とくに2021年にピークは流通物件数における築50年以上の物件が占める割合の急増によってこれが要因の一つであるといえそうだが、2018年のピークについてはその関係が2021年ほど明瞭ではなく、他に要因がありそうな予感。なお賃貸では同様の現象は見られない。

専有面積別の販売価格

 またいずれのピーク時にも、物件数の増加は45㎡未満住戸、45㎡以上60㎡未満住戸によって占められ、60㎡以上住戸の供給はわずかだ。もとから少ないのか、それとも市場に出回っていないのか。ただ価格上昇率が高いのは60㎡以上75㎡未満の住戸で、供給が少ないことに対して需要が高いのか、平均販売価格で見ると10年で2倍近く値上がりしている。

③秀和に見る「山の手」と「下町」

「山の手」の住宅地、「下町」の工業地、それぞれに立地する秀和
※住宅地(緑)・商業地(橙色)・工業地域(灰色)

 港区、渋谷区に存在する物件は総住戸数が100戸未満、少し大きくても150戸未満が過半を占める。700戸超の赤坂レジデンシャルホテルは外れ値だ。一方、江東区板橋区、足立区方面では逆に150戸を超える物件がメジャーだ。都心に小規模住戸が多く、郊外に大規模住戸が立地するのは、単純に地価と土地面積の違いだけのように見えるのかもしれないが、次に専有面積を比較すると案外に差がついていないのである。むしろ互角化あるいはそれを上回る専有面積を有しているのが「山の手」の秀和であって、規模が大きいわりに専有面積が控えめなのが「下町」の秀和なのである。

「山の手」に位置する秀和高輪レジデンス

 これは「山の手」を住宅地(あるいは商業地)、「下町」を工業地域に置きかえても同じことがいえる。「下町」とは、厳密にいうと都心の商工業地域を指すが、「山の手」と対比させたときに想定されるのは、高級住宅街に対して庶民が住む町であり、概ね東京の東と北に存在する各区である。工業地域は平坦且つ広い土地と豊富な地下水、資材や生産物の運搬に便利な河川沿いや幹線道路沿いを志向するから、それらに恵まれた土地に集中しやすく、住宅商業地はその逆で、居住に適し、かつ交通の便が約束されている場所を志向する。東京の地勢上これを配置すると、河川の多く平坦な東部に工業地帯が形成され、丘陵が連なり鉄道網の整備が進んだ西部に住宅地が展開されているというわけだ。

左:旧渋沢邸である三田共用会議所の庭園に面する(第2三田綱町レジデンス)
右:綱町三井倶楽部のそばに佇む(三田綱町レジデンス)

 「山の手」の秀和の中には、武蔵野の雑木林や湖沼を巧みに取り込んだ庭園あるいは公園を借景にするものもある。四谷パークサイドレジデンスは赤坂迎賓館、清水池レジデンスはその名の通り清水池公園に面する。また三田綱町の高台に位置する2つの秀和のうち、三田綱町レジデンスは旧松方公爵邸であるイタリア大使館綱町三井倶楽部の庭園を臨み、第2三田綱町レジデンスは旧渋沢邸である三田共用会議所の庭園を眼下に、背景には東京タワーを臨む好立地にそれぞれ建設されている。

 そして、大衆向けマンションといえる秀和にも高級物件が存在するが、それらはすべて「山の手」の高台にひっそりと立地している。一般的な高級マンション、ヴィンテージアパートメントのように、大手不動産情報サイトに載るような売買データは少なく、それゆえに情報が少ないのであるが、専有面積100㎡超、その金額は億クラスを余裕ではじき出す物件がちらほら垣間見えるところに、単なるマンションではない、まさにヴィンテージアパートメントらしい世界を感じ取る。

左:深川森下町レジデンスの外観 右:新川レジデンスからの眺望

 それらとは対照的に、「下町」の秀和は川に臨む。冒頭で紹介した新川レジデンスは隅田川亀島川が交わるその地先にあって眺望絶佳、隅田川を行きかう船舶を眼下に、遠景には月島、晴海のタワーマンション群を臨む。深川森下町レジデンスはかつて江戸東京の舟運の大動脈であった小名木川に南面する。近隣の清澄レジデンスも仙台堀川に沿って川を見下ろす位置にある。すべての物件とはいかないが、こうして「山の手」「下町」のそれぞれに、その土地固有の風景を借景にするべく設計されたおうちが存在することは素晴らしいことだと思う。

 次に間取りをみてみると、「下町」方面の物件は2LDK、3LDK以上の物件が多くファミリー向けの間取りが多い印象を受けるが、「山の手」方面は物件によりばらつきはあるものの、おおむね1R、1Kといった単身者用の間取りが全体の半数を占めていることが目を引く。アーバンライフを楽しむ都心居住者層からファミリー層まで、その対象は幅広い。しかしここで注意したいのが、単身者向けの住戸はファミリー向け住戸よりマーケットにおける流動性が高いため(とくに賃貸を想像するとわかりやすいだろう)、それだけ多くのデータが存在する、何なら同じ住戸が複数回出ている可能性だって十分にある。すなわち実際の住戸より多くカウントしている恐れがあるから、単身者向け住戸の構成比は多少割引いて考えたほうが良い。それでも、立地が持つその独特の社会構成を反映したつくりをしていることは、このデータからうかがい知れるひとつの特徴として指摘しておきたい。

*1:谷島・haco(2022)『秀和レジデンス図鑑』株式会社トゥーヴァージンズっよりp8参照

*2:リクルート(2021-12)『都心に住む 東京ヴィンテージマンション 伝説となる7つの条件』よりp19参照

*3:都心の「3A+Rエリア」って?その価値と魅力を探る  マンションデータPlus【トレンド・コラム】byノムコム」、2023/5/1閲覧

*4:櫻井幸雄(2022-10-21)「「秀和レジデンス」は高級ブランド?そうではなく、時代を先取りした革新的マンションだった」Yahooニュース、2023.5.5閲覧。同記事でも引用されているが、高層住宅史研究会[編](1989)『マンション60年史 同潤会アパートから超高層へ』によると、当時の標準的なマンションの分譲価格は1戸あたり800万円~900万円が相場であり、郊外の一戸建てでも500万円~600万円はした時代、秀和外苑レジデンスは2DK1戸が340万円、3年ローン付きで販売されていた。ここからも秀和が高級路線を目指したシリーズでないことがわかるだろう。高層住宅史研究会[編](1989)『マンション60年史 同潤会アパートから超高層へ』住宅新報社よりpp180~184参照