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【Tokyo Viz Week Day3】社長は東京23区のどこに住む?

赤坂・檜町公園の静寂。グレーの個性的な屋根を持つ建物は秀和赤坂レジデンシャルホテル

はじめに

 東京都心という場所は、これほど緑豊かなところなのかと思った。今まで暮らしてきた江戸川周辺や、埼玉の延長線上にある池袋界隈は、東京23区内とはいえ郊外に属する部類、河川敷は広々と、芝生を囲み築山が配されて、木影が涼しい大中の公園があっても驚くほどのことでもないが、地価は高い、土地は狭い都心の一等地、オープンスペースの確保がこれほど贅沢な趣味となる場所も都内では数えるほどであろう、赤坂、六本木、麻布、三田、白金、高輪のまちなかに、中央に湧水池をたたえた回遊式庭園、長い塀の向こうにうっそうと広がる雑木林、社寺を取り囲む鎮守の杜、道端に並ぶ老樹の並木等が、当たり前のように存在していることに驚いた。赤坂の御用地と檜町公園、南青山の神宮外苑根津美術館、芝の愛宕山芝公園、六本木の国際文化会館を含む鳥居坂付近、麻布の有栖川宮記念公園と善福寺、三田の綱町三井倶楽部イタリア大使館、高輪の皇族邸と関東閣、白金台の附属自然教育園八芳園。。。社寺などを除き、その多くは限られた人々のみ足を踏み入れることの出来るプライベートガーデンであり、一般人の立ち入りを固く禁じているが、所有者の変更と共に自治体や団体に寄付され、公園として一般公開するに至った例もある。

 

城南「山の手」のオープンスペースの例。池田山公園(左)と芝公園(右)

 今ある緑地の大半は古く近世江戸、あるいはそれ以前に遡る由緒と歴史を有する。この地に古くから存在した社寺や大名屋敷が幾度もの所有者変更、用途転用を経ながらも、震災や戦火、開発事業を潜り抜け、現在では貴重な都市緑地、都市遺産として、広く都民に愛され、同時に住環境の良質さを担保する重要な要素ともなっている。緑豊かな城南・山の手の台地は東京でも最高クラスの高級住宅街が集結したエリアであるからだ。

 「高級住宅街」をどう定量的に表現したものか。ここではシンプルに社会の上層を占める富裕層が多く住まう地域と定義したい。戦前であれば、例えば『華族名鑑』収録の住所を基に当時の特権階級=華族が住まう地域を特定できたが、戦後はプライバシーへの配慮が求められることが多く、なかなか個人の住所をリスト化して公開しているものは少ない。そのぶん、高級住宅地も辿りづらくなったと言えるだろう。さてどうしようかと考えていた時、「社長が住む街調査」というユニークなタイトルの記事を見つけたのである。

データセットについて

 「社長の住む街調査」とは、東京商工リサーチ保有する企業データベースの代表者情報(個人企業を含む)から、各調査年時点の社長の居住地を「町」ないし「区市町村」単位で抽出、集計してランキング形式にしたものである。これまで2017年、2020年、2021年*1で実施されている。今回は2020年のデータを紹介したい。集計対象は約390万社の代表者の2020年7月時点の登録住所である。つまり大企業から中小零細企業まで、幅広い規模の会社社長が含まれているというわけだ。重複集計を除外するため、「同一人物が複数の企業で社長を務めている場合は、売上高が高い企業を採用し、重複企業を集計対象外」にしているという*2

 大企業から中小零細企業まで幅広い「社長」を含むとなると、一般的な意味でいう富裕層以外の「社長」も多く含まれてしまうであろうことが想定されるが、それでも一つの定量的なエビデンスである、その分布の形状からある程度高級住宅地を近似的に可視化できるであろう。

 なお、元記事は町単位および区市町村の2パターンで集計を試み、前者はそのまま実数で、後者は各区市町村住民基本台帳人口における割合で、それぞれ順位付けてている。しかし、後者はともかくも、前者は実数ベースの比較であるため単純に人口が多い町が目立つ恐れがある。そこで、各指定エリア内における就労可能な年齢人口のうち社長が占める割合=「社長率(社長人口/15歳以上人口)」と再定義して順付けすることにした。分母に15歳以上の人口を置いたのは、「就労可能な年齢人口」に近似するためである。なお2020年の結果を用いたのは、社長数上位100の町名を得ることが出来た最新の年度であり、かつ国勢調査が施行された年であるため他データとの連合に都合がよかったからである。

社長の住む街にも色々ある

https://public.tableau.com/app/profile/haruna.matsumoto/viz/WhichTowninTokyohasManyPresidents_16969059078450/main

 今回のVizでは町単位に結果を可視化したかったので、上記の方法により算出した社長率をその強弱で5パターンに塗り分けた地図を用意した。なお、町単位の集計の場合、原本が全国の上位100までの町のみ掲載しているため、うち東京23区外に当たる5町を除外したから、今回可視化できたのは全国上位95町に限られる。順位は社長率によって置換して集計し直しているので、原本と異なることに留意されたい。ただこの手法で集計したほうが、より実感に近い結果を得られるのではないだろうか?港区と渋谷区を頂点として、隣接する品川区、目黒区、世田谷区といった城南エリアに社長率の高いエリアが集中している。それ以外では、城西エリアの新宿区と中野区、城北エリアの文京区と豊島区、城東エリアの江東区に集中地点がみられるが、こちらは城南エリアほど厚みと広がりを持たずやや分散気味である。

 もちろん元データの制約上、実数ベースで社長数上位100に入らなかった町は欠落しているため、例えば港区元麻布や麻布狸穴町のように、明らかに高級住宅街と思われる場所なのに、相対的に面積が小さく人口が少ないために社長数上位100に入らず、結果データ欠落で表示できない町もあるから、ここで非掲載の町=社長率が低いとは一概にみなすことはできない。

 上記のような制約はあるものの、今回抽出された95町を地図に表示できた。それぞれの土地が経てきた形成史を踏まえると、かなりざっくりとした分け方であるが、概ね以下の4パターンに分類できると思う。

①元祖「超」高級住宅地

城南五山の中でも特に名高い品川御殿山(左)。旧三井邸を転用したアメリカ大使館のある赤坂(右)

 近世は多くが大名屋敷所在地およびそれに隣接する地域であり、近代以降、その屋敷地が政府要人や皇族、財界人の華麗な邸宅街に変わった。都心にありながら、一戸当たりの規模は後述するいずれの住宅街よりもはるかに大きく、豪奢を極めたものであって、それはかつての高級住宅が現在そのまま各国大使館や教育施設、官公庁施設に転用できる規模であることからもうかがい知れよう。戦前はまさに限られた人間しか住むことが出来なかった、由緒正しい都心の「超」高級住宅地である。港区南青山、赤坂、六本木、元麻布、南麻布および西麻布、三田、白金台、高輪、渋谷区広尾、千駄ヶ谷の高台。さらに港区、品川区、目黒区の山手線沿いに展開される所謂城南五山(池田山、御殿山、島津山、花房山、八つ山)をここに含めてもよいだろう。

②郊外の田園住宅地

中上流階級向け郊外住宅地から高級住宅地へ。渋谷区松濤(左)と杉並区善福寺(右)

 元々は市外に隣接する郊外の健康的住宅地として、比較的余裕のある中上流階級向けに明治末期~昭和初期に開発された郊外住宅地であったが、都心の住環境悪化と急激な地価高騰により、都心を追われた富裕層が次々移り住んできたことで、戦後には第二の高級住宅地を形成したエリア。山手線の線に沿うあたりから23区の外縁部にかけて展開する。ランクの高低はあるが、おおむね文京区本駒込、渋谷区松濤、大田区洗足、田園調布、山王、世田谷区成城、駒沢、杉並区荻窪、善福寺、練馬区向山、石神井台、大泉学園などが該当する。

③下町あるいは江東の商工業地帯

下町や江東には中企業の社長という出世ルートが存在した。大島(左)と亀戸(右)

 中小の個人商店や町工場が多いエリアであり、昔から地元密着の中小企業の社長が多いと言われるエリア。同じ「社長」と言っても港区、渋谷区等のキラキラエリアに住まう上場企業やイケイケベンチャーの「社長」とは毛色が異なる。一介の労働者や丁稚から始まって、頭角を現し自らの店や工場を持つにいたる下町の成功型。台東区浅草、江東区亀戸、大島、砂町などが該当する。

④タワマン下剋上でプチセレブ化した新興住宅地

かつての準工業地帯はタワマン群立地帯と化した。芝浦(左)と佃島大川端リバーシティ(右)

 港区芝浦、港南、中央区勝どきから江東区豊洲にかけての湾岸エリアと、新宿区西新宿、豊島区東池袋等の山手線西側の木造家屋密集エリアは、近年産業構造の変化及び市街地再開発事業によりタワーマンションが数多く建設されたエリアであり、ここに移り住んできたタワマン上流階級?にそれなりの社長族が含まれているのだろうと推察される。また、近年開発が進む荒川区南千住界隈もここに含めてよいと思う。

今回のチャレンジポイント

 社長率を棒グラフのランキングと地図で表現しただけのシンプルなダッシュボードではあるが、こだわりポイントが2点ほどある。

  1. ワッフルチャートとテキストをパラメータで操作可能にした
  2. Bar Chartの上に等間隔の補助線を引いた

 1について。ワッフルチャートは単純な構成比の比較によく使われる表現であるが、グラフ中に何らかのテキストを配置したい場合、一般的には「Annotate」機能を使うことが推奨され、そのように解説した記事が多い。しかしその方法だと、今回のようにパラメータと連動させて選択したものだけを表示させることができない。色々試してみたが、結局ワッフルチャートを背景にして、手前に別シートでテキストを作成し、ダッシュボード上で両者を重ね合わせることにした。あとはダッシュボード上でパラメータアクションを設定するだけ。作成するシートは増えてしまうが、今のところ一番シンプルに目的が達成できる方法だと思う。

 2について。左側のBar Chart上に5%間隔で引いた補助線のことである。これは2022W40のMakeover Monday「Income Inequality」で出題されていたテクニック「リファレンスラインでグラフの手前に補助線を引く」をそのまま流用した。普通に書式設定から補助線を選択すると、Bar Chartの背景に入ってしまう。今回はBar Chartの手前に線を入れたいので、そういう場合はリファレンスライン機能を使うと便利だよ、というものである。詳しくは以下サイトとAndyさんの動画を参照のこと。

data.world

www.youtube.com

社長は港区に回帰する

 社長の居住地は概ね港区、渋谷区を中心とする山の手の高台を主として展開されるが、産業化著しく公害問題が深刻な時代は郊外の田園地帯に分散し、逆に環境問題がひと段落したら職住近接の便宜に預かるべく都心に回帰している。また昨今は都心近接でありながらこれまで見向きもされてこなかった湾岸の工場地帯や山手線沿線の木造家屋密集市街地が大規模再開発により新興タワマン住宅地に変貌し、ここにも多数の社長の進出をみる。このように、その基調は揺るがないとしても、時代とその背景によって社長の住む街が微妙に変化するのが面白い。

 冒頭でも紹介したように、「社長が住む街」はこれまで計3回調査されているが、時代を経るに従い多くの社長たちが都心、就中港区に吸引されているのをみることができる。港区は、東京23区における元祖「超」高級住宅地が区内に集結する、東京中、否、日本中で最も富裕なエリアであるが、その地位は現代も健在であり、しかも近年ますます強まっていると言えそうだ。

*1:東京商工リサーチ(2021-12-24)「東京都港区住民の7人に1人が社長 ~ 2021年全国「社長の住む街」調査 ~」TSRデータインサイト、2023/10/10最終閲覧

*2:日本経済新聞(2020-11-30)「東京商工リサーチ、「2020年全国『社長の住む街』調査」の結果を発表」プレスリリース、2023/10/10最終閲覧